消化管除染(1) 胃洗浄


【要約】
 胃洗浄(gastric lavage)は,胃内に残留する薬毒物を胃管により回収する手段である.飲んでから時間が経過するほど効果が下がるため,基本的には1時間以内に実施することが望ましい.また,ときに重大な合併症を起こすので,慣習的に漫然と行うことは許されず,適応を選ぶ必要がある.手技は,太い胃管で,1回注入量を200〜300ml(成人)に抑え,排液が透明になるまで十分に洗浄操作を繰り返す.主な注意点は,気道内への誤嚥防止(実施体位,嘔吐への備え,危険な症例には事前の気管挿管)と,食道・胃の損傷防止(禁忌症例を避け,胃管の選択や挿入手技に注意)である.活性炭に吸着されない毒物以外は活性炭投与を併用する.

【原理・有効性】
 1) 胃洗浄の原理
 胃管を挿入し,胃の内容物を除去することによって,毒物のさらなる吸収を防ぐ手段である.理論的な有効性は,摂取したものの毒性と回収率(除去された毒物量/服用した毒物量)に規定されるが,回収率は,@摂取から洗浄までの時間,A摂取した量,B吸収速度や腸蠕動などの臨床的状況などに影響される.このうち,時間経過が最も重要な因子であり,1時間をすぎると平均的な回収率はかなり低下する.主に医薬品による急性中毒症例を対象とした臨床対照研究では,転帰の改善(死亡率や合併症発生率の減少)に有効であるとの証拠は得られていない.逆に,合併症の発生率を有意に上げる可能性が指摘されている.
 2) 催吐と胃洗浄の比較
 吐根シロップを使った催吐と胃洗浄の比較では,服用から時間の経っていない液体の中毒物質に対して,胃洗浄は吐根シロップよりも有効と思われる.ただ,胃洗浄による回収率には症例によりかなりのばらつきがある.
 とくに,医療機関を受診するような中毒例を想定すると,催吐よりも胃洗浄が有効である場合がほとんどである.ただ,胃管を通り抜けない大きい塊の場合や,十分に太い管を使用できない小児には催吐のほうが有利である.
 また,吐根シロップを投与すると,催吐作用が消えるまで活性炭投与を待たざるを得ない.活性炭への評価が高まるに従って,その早期投与を阻む催吐剤は避けられる傾向にあり,この面からも胃洗浄が選択される.しかし,最終的には症例ごとに適応を検討すべきである.
 3) 活性炭単独投与と胃洗浄の比較
 近年,活性炭単独投与との比較試験では,胃洗浄の優位性を示す臨床成績はほとんどない.服毒後早期に胃洗浄と活性炭投与をともに行えば,活性炭単独投与よりも,毒物の除去効果は高いと思われる.

【適応】
 毒物を経口的に摂取したのち1時間以内で,大量服毒の疑いがあるか,毒性の高い物質を摂取した症例に胃洗浄の適応がある.ただし,サリチル酸や抗コリン薬など,腸管蠕動を抑制する薬毒物や,胃内で塊になりやすいもの,すなわち胃内容物の停滞が考えられる場合は,数時間を経過していても胃洗浄で回収できる可能性がある.したがって,次の3条件をすべて満たす場合が適応となる.@毒物を経口的に摂取して,A大量服毒の疑いがあるか,毒性の高い物質であり,B胃内に多く残留していると推定できる理由がある.
 なお,活性炭投与が不適当な中毒症例(活性炭に吸着されない毒物,きわめて大量の服毒,麻痺性イレウス例など)は胃洗浄の最もよい適応である.

【禁忌】
 @ 意識状態が低下したり,痙攣を起こしているときは,非挿管下に胃洗浄を行うことは禁忌である.
 A 石油製品,有機溶剤を摂取した場合にも,重篤な化学性肺炎を起こす可能性があるので禁忌である.ただし,有機リン系農薬など,有機溶剤と他の毒性の高い物質を同時に飲んだ場合には,気管挿管下に胃洗浄を行うことを推奨する.
 B 強酸や強アルカリなどの腐食性毒物に関しては基本的に禁忌である.鋭利な物体を同時に呑み込んでいる場合,激しい嘔吐が先行している場合には,穿孔の可能性があるので禁忌となる.
 C 胃の生検や手術を受けた直後で出血や穿孔の危険がある場合や,胃切除後の患者には禁忌となる.
 D 明らかな出血性素因,食道静脈瘤,血小板減少症がある場合も禁忌となる.

【方 法】
 1) 準備する物品
(1) 胃   管
 成人には34〜36Fr,乳幼児では16〜28Frの先端の丸い,腰があり,側孔が多数開いた胃管を用意する.HIVやウイルス性肝炎などの感染の可能性を考え,胃管は使い捨てとし,他の患者に再使用しない.術後などに用いられる14〜16Frの経鼻胃管は,内径が小さいため毒物の粒子や錠剤が通過しないだけでなく,激しい鼻出血をきたすことがあるので避ける.
(2) 洗 浄 液
 洗浄液の選択は年齢による.成人であれば,電解質や浸透圧の異常を起こしにくいので,水道水でもよい.液の温度は38℃程度に暖める.液温が低いと低体温をきたしたり,腸蠕動を促進して胃内容が腸へ流出しやすい.また,温水には,塊を形成した薬剤を冷水よりも溶かしやすい利点がある.5歳以下の小児では,水道水を使うと低ナトリウム血症の危険があるため,生理食塩水が望ましい.しかし,洗浄液の使用量が大量になれば,等張液でも低張液でも電解質異常は起こり得る.
 特異的な中和剤が直ちに使用できる場合には,これを使用してもよいが,必ずしも臨床的にその効果が認められるものではない.
(3) そ の 他
 吸引器,漏斗,注入/吸引用のディスポーザブル・シリンジ(カテーテルチップ),分析検体採取用のカップ(密閉できるもの),洗浄液のカップ,排液容器(バケツなど),キシロカイン・ゼリー●○R,防護用の手袋.
 これら胃洗浄に使用する器具をまとめて,一方弁が付いた閉鎖回路式キットも市販されている.注入,吸引をシリンジ・ピストンの往復動作だけで連続的に行うことができ,短時間で効果的な胃洗浄が可能である.医療者の二次被害防止にもよい.
 2) 実施の前に
 @ インフォームド・コンセントを行う:正常な判断ができると思われる患者には説明して同意を得,その旨をカルテに記載する.意志に反した処置は,倫理的な問題だけでなく合併症の発生も増加する.ただし,意識障害や当事者能力のない心神喪失状態にあるときは,その対象とはならない.また,自殺企図者は一過性の心神喪失とみなし,承諾が得られなくても胃洗浄は緊急避難的に行うべきである.
 A 開始前に,気道の吸引装置が用意されていることを確認する.
 B 咽頭反射のない意識障害患者には,あらかじめ気管挿管を行う.気管挿管は経口でも経鼻でもよいが,経口挿管の場合は,意識が回復したり,痙攣が起きたとき,気管チューブを咬んでしまう可能性があるので,口腔内エアウエイ(バイトブロック)も挿入しておく.
 C 胃管を体表にあて,あらかじめ挿入する長さにマーキングしておく.なお,胃洗浄施行時には心電図モニターやパルスオキシメーターを装着しておくことが望ましい.
 D 体位:左側臥位で,頭側を15°程度まで低くしておく.両下肢は屈曲位にする.これによって腹壁の緊張が低い状態に保たれる.胃の幽門側が高く位置することによって,胃内容の流出を妨ぎ,洗浄の効率を高める.さらに,この体位は嘔吐した場合の誤嚥を防ぎやすい.
 3) 実施方法
 (1) 胃管の挿入
 挿入経路は,前述したように,経口が好ましい.キシロカイン・ゼリー●○Rを塗った経口胃管を愛護的に挿入する.患者が暴れてもがく場合は無理に挿入しない.あらかじめマーキングした位置まで挿入できたら,胃内容を吸引するか,または送気音を心窩部で聴診して,胃内に入ったことを確認する.吸引物が胃内容であり,その液のpHが低ければ,胃内に入ったと考えられる.気管に入れば,咳やチアノーゼ,呼吸困難が出現する.洗浄液を注入する前に,吸引して胃内容をできるだけ排出しておく.胃内容は,摂取された毒物の診断に役立つので,性状をよく観察し,その一部を保管し,分析を依頼する.胃内容が吸引されない場合は少量(成人で50〜100ml)の洗浄液を注入し,その排液を試料とする.
 (2) 洗浄液の注入,排液
 1回ごとの注入量は,成人で200〜300ml,乳幼児では10〜20ml/kgとし,急速には注入しない.漏斗を利用する場合は,落差を40〜50cm程度にとどめる.高く上げると洗浄液が勢いよく入りすぎ,嘔吐を誘発しやすい.排液も,強く吸引するより弱い陰圧のほうがスムーズに出やすい.十分に排液されなければ,胃管の固定位置を変えるなどの工夫を行う.
 洗浄の排液が透明になるまで繰り返すが,最低でも1〜2l,通常は5〜20lの洗浄液が必要となる.排液がいったん透明になっても,胃管の位置を動かしたり,体位を仰臥位に変えたり,心窩部を手で揺らしたりすると,再び残渣が排出されることがある.洗浄を中止する前に,何度かこうした操作を試みるべきである.
 (3) 吸着剤,拮抗剤,緩下剤などの注入
 毒物を吸着したり,水に難溶性の化合物に変えて吸収を阻害する吸着・拮抗剤が存在する場合は,胃洗浄終了後にそれを用いる.しかし,特異的な吸着剤や拮抗剤には有効性の根拠が確かでないものもある.その準備に時間を費やし,次に述べる活性炭の投与が遅れてはならない.
 特異的な吸着剤や拮抗剤がない場合は,通常,活性炭(成人で50〜100g)と緩下剤(35%程度に希釈したソルビトール溶液を,成人で1〜2g/kg,小児で0.5〜1g/kg,または13.6%クエン酸マグネシウム剤2〜4ml/kg)を注入し,胃管を抜去する.

【合併症】
 基本的に,注意深く手技を行えば重篤な合併症は少ないが,以下の合併症が知られている.
 @ 誤嚥性肺炎(吐物の気道内吸引):石油製品の服毒例に胃洗浄を行った場合や,意識レベルが下がり,咽頭反射がないのに気管挿管を行わなかった場合などにみられる.
 A 喉頭痙攣:とくに,意識レベルが低下して手技に抵抗している場合や,毒物自体の作用によってみられる.
 B 低酸素血症:施行中に動脈血中酸素分圧が低下しやすい.
 C 頻脈:胃洗浄中には有意に頻脈がみられる.意識のない者よりも意識のある場合に,より著明である.
 D 食道や胃の出血・穿孔:禁忌例を避け,挿入操作を愛護的に行うことによって防ぐことができる.まれに,食道穿孔が報告されている.胃からの出血は,さらにまれである.
 E 体液電解質異常:大量の生理的食塩水の洗浄による高ナトリウム血症が報告されている.また,大量の水を使用すると,とくに小児では水中毒(低ナトリウム血症)が知られている.
 F 胃管の抜去が困難となることがある.抵抗があるときは無理に引き抜かないこと.
 G その他
 @) 胃洗浄自体が強い刺激となるため,自律神経反射が起こりやすく,徐脈,不整脈,低血圧を起こすことがある.
 A) 低体温は,冷たい洗浄液を使用すると起こりやすい.
 B) 胃内容を吸引する際に,服用した毒物によっては胃酸と反応して毒性の高いガスが発生することがある.例えば,アジ化ナトリウム,青酸化合物,亜ヒ酸,硫化物は胃酸と反応して,それぞれアジ化水素,シアン化水素,ヒ化水素,硫化水素が発生する.これらの毒物中毒が疑われる場合には,あらかじめ,呼吸防護を含む個人防護衣の装着が必要である.胃内容物は密閉できる検体容器に一部確保し,廃液は適宜吸引してそのまま処置室に放置しておかないように注意する.処置室の換気を保つことも重要である.



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